それでも腹の立つことは

いろんな仕方なかったことが理解出来る

それでも腹の立つことは

8年前の転職の際のこと


あの時、誰も私の話を分かってくれなかった

親友さえも、医者さえも敵だった

皆がパパのやりたいようにやらせてやれと言った

私には後ろ楯になる人が誰も居なくなった


奈良の親もパパが子供の時からの恨みを始めてぶつけたことに圧倒されて

何も言えなくなった

その結果がこれかと


無意味なことなど何もない

この別居がぐだぐだなものであるにも関わらず

そのぐだぐださえも私の自立の段階だった

それと同じく転職も

全て必要な段階だった

あの時に出来なかった自立を

今度はパパの意志でやるのだから

今までのことも学びの時間だった訳だ

親の会社に行って、大人になってから親とべったりすることが

どれだけ問題のあることかを学ぶ為には必要な時間だった

分かってはいても

あの時の私の孤独感と絶望感を誰も理解してくれなかったことには

腹が立つ

私はよく我慢したと思う

自分が鬱に逃げたから我慢せざるを得なかっただけだが

それでも、後ろ楯になってくれる親が居ない僻みにも苦しんだ

よく頑張ったと私が自分で褒めてやるしか

あの頃の私が救われない


何が正しくて間違いなんて

本当のところは分からないし

そんなものもないのかも知れない

友達が言うように、人それぞれの正義があるから


それでも私は悲しかった

辛かった

僻んだ

ずっと恨みを持っていたのは

それが大きかった

私と同じく親からまともに愛されてなかったはずのパパが

私とは違ったことがあの時は分からなかった

分かったのは昨年、パパと分離した時なのだから


だから私は間違ってきた

パパに守ってもらおうと思うから鬱になっていた

自分のことは自分で守るしかないのに

それが私の自立なのに

それをやっている

叔父の電話も躁の時に着信拒否

母の電話も番号を変えた

パパが昨年鬱を再発しても親に掛け合わず放置した

今回も私は義母達の前に出ない

どれも今までとは真逆の方法

とてつもないパワーを使う

仲間が居たから出来たこと

生き方を変えたい