阪神淡路大震災から12年

早いもんだ

私の娘はあの震災を知らないんだな…。

つい昨日の事のように思い出せる


爆発音みたいなのがして目が覚めた

途端にぐらぐらときて勢いが増して、家の隅が歪んでた

死ぬ!

と思った

うちは皿一枚しか被害はなかったが、実際に多くの犠牲者が出た


ものの数時間前

あの倒れた高速の下道をパパと一緒に走ってた


三宮を過ぎ明石焼きも食べて
「おっちゃん、また来るわ」

と言い大阪に引き返していた


私は独り暮らしで、お金のある時はパパとラブホテル暮らしをしてた

淋しかったから

その日も例外なく
「泊まろうや」

と私は言った

パパは
「明日仕事大変やから嫌〜」

と言われしぶしぶ社宅に戻った

パパは会社の組合のソファーで寝てた

地震が行ってソファーから転げ落ちたらしい


私は隣の変電所のブレーカーが落ちる音を聞いた

揺れが治まるとすぐ電気をつけたがやはり停電してた

時間を見て、後少しで夜が明ける

冷静に!と言い聞かせた

すぐポケベルを鳴らしパパから電話が入った

被害状況も会社のテレビで知った

暢気に出社したのである

電車は止まってたが市バスが動いてた


高速道路の倒れた映像を見て、事の重大さを知った


夜中1時半過ぎまでいた場所での出来事

宿泊してたら裸で発見されてたかも知れない


あの日何故パパは私の意見に押し流されず大阪に戻ったのか

いつもは私の意見が通るのに


神様がまだ
「生きなさい」

と言ったとしか思えない


障害者として生まれ、両親は離婚するわ、母は精神病になるわ

私の人生も結構壮絶だと自負する

その私に何の使命を与えたと言うのか?

代々続いたアルコールの問題を、アディクションの問題を

私の代で知らされて、娘に連鎖しない事が私の生きる意味なのか

使命などなく、ただ生きればいいのか

誰も教えてくれないけど、あの地震を思い出す度に

私とパパは生死が分かれた人間として生かされている事に

人間の力を超えたものの存在に畏怖の念を感じる

自然と言う存在に…。


(なんとなく続く)