神さまの意志とは 3

(続き)


仕事も前日、下手したら当日朝に急に入る

何度家族の団らんや予定をぶち壊されたか

それも私にはまだ恨みとなってる段階だ

それでも転職して6年経ち、随分諦めるようにもなった

そしてパパには頼れないとの気持ちは強くなった

実母に助けてもらえないことは、痛みでもあるし

僻みでもある

娘がいるから夜は家を開けれない

娘が病気したら家を開けれない

これは仕事を探す時もかなりのハードルになった

相談した友達にさえ常識を突きつけられたと被害者意識が湧いた


それから出来ないことを出来ないと、後になって急に言うことに

対して恐怖心がある

これは勤めてた時の経験から

お局さんに散々言われたから

食事会を実家の都合なりでドタキャンしようもんなら

凄い攻撃にあった

何度影で泣いたか分からない

それにまだ、母は今のように大人しく入院しっ放しで

いてくれた訳ではなかった

全部言い訳でしかないけど、何もかも完璧に出来ないなら

最初から出来ないと言っておくことは

一種の責任でもあるとも思ってた

確かにそうかも知れない部分はあると思う

ただ、今になってほんまに私は臨機応変が出来ないんだと思った

アファメーションの「私は変化に強い」とは真逆の状態だ 母親が起こす突飛な出来事を子供の時から必死で修正し

今の状態を保とうとした

これらは多くのアルコール依存症者の家族がやることだ

だからやっとの思いで母親が医療保護入院をした後

私は思った

「な〜んや。終わってしもうた」
「面白かったのに」




私は母親とのバトルはしんどくもあるが酔いそのものでも

あったと思う

だから一人暮らしを始めてから鬱になったんだとも思う

自分のことに時間を割いたことがなく

どうしていいのか分からなかったのだ

人のことにかまけていた時はそれなりにしんどくても

完全なる被害者でいられた

でも自分の足で立って歩くようになり、自分の面倒を自分で見る

ことだけを必要とされた時、あれほど望んでいた自由は自由でなくなった


(続く)