頑張ってる私の体 2

続き


こんな風に見た目は派手に障害者な手であるが

生まれた時というか、使い始めた時からこの手だったし

切り離してくれたおかげもあり、殆ど不自由はしてこなかった

小さい時程、気にしたこともなく隠すこともしなくて、友達より器用なこともあった

中学生の頃には手の皮が突っ張って、大学病院に連れて行ってもらったこともあったが

成長期だからそのうち治まるだろうの通り、治らない時は手術の話しは必要なく大人になれた


生まれた時からは友達ともスタートラインは同じだし

自分は使いにくいとか疑問もなく生きてたし

だから算盤も友達と一緒に始めたし

根性ないから一回止めてみたりしつつ

頭悪いから両落としは出来なかったから1級は無理だったが

2級まではどうにか取れた


基本左利きなのは多分、左手は小指も揃ってたからだろう

幼稚園で文字だけは右手でと、先生に矯正するか相談された母が考えて

字だけは右手になった

算盤も習い始めた時から右手でやって問題なく進んだ

でも絵を描いたりは左手

なので、定規で線を引くのは左

字は右

仕事で係長に
「両手使ってるの?器用やなぁ」

と言われるまで自分で気がつきもしなかったが

左手にマーカー、両手で定規を押さえつつ、右手にシャーペン

左手でマーカーで線を引き、数字を書き込むのが必要な時に右手で書き込む

持ち替える必要がないのは確かに楽

まぁクリップみたいな小さいものは右手では掴んでも左利きなこともあり

左手に持ち替えなきゃとめられないが

短い割には頑張ってるかも


会社のパソコンはノートだが、テンキーだけは別に接続してある

正社員時代はデスクトップだったが、キーボードにテンキーはあったはず

文字入力はさすがにブラインドタッチは出来ない

覚えが悪いし、努力する気がなかった

でも、テンキーだけでもそれが出来る

仕事で久しぶりにパソコンを使うようになって

忘れていたが、少しテンキーを叩いていたら

いちいちテンキーを見なくても、感覚も思い出して出来ることを思い出した

ただ、叩き間違いはどんくさいのと

コロンとした指もあるから結構多い

それでもこの手にしたら頑張ってるかも


続く