腑抜け 1

今日は弟もなんだか言えない用事があるみたいだし

旦那は仕事、娘は学校

家には私とナマモノと母の遺骨だけ


昨日、弟と礼服のクリーニングを持って行き

区役所は行って、その足で電車に乗って百貨店

それから母が最後に入院していた病院に挨拶にも行った

臨終直後に師長が教えてくださったのだが

師長は本日他の病棟へ異動だったらしい

師長も母が後10日の命と言った時にこのことも思ったとか

立ち会えて良かったと言ってくださった


ワーカーさんにもたくさんお世話になった

母も最期は全てを生活保護でなく

私が手続きしたにせよ、65歳からの5年分は保護費も返還しておけた

ワーカーさんへのお礼が終わって病棟に上がり、師長も呼んでいただいた

何時に行こうが病院は忙しいけど、これも最後

最期の日になる前日の夜勤の看護師さんと師長と話せた

葬儀が終わって祖母に電話した時に聞いた話しもちょっと伝えて


祖母が言うには日付は曖昧ながら13日かなぁと

先生から「今晩にも電話を入れるかも」と言われて泊まり込みを始めた日だ

祖母は普段、匂いがつかない線香を使っているのに、いい匂いの線香の香りがしたとか

祖父の時にもらったものはまだ使ってないし、蓋も開けてないのに

「不思議じゃなぁと思ったんじゃ。故郷を懐かしんで帰ってきてたんかも知れん」

科学的なことだけで証明出来ないことがこの世にはたくさんある

ただの気のせいかも知れないこともあるけど

自分達が納得出来たらそれが真実

だから母は帰りたかった田舎に帰ったんだ


ガリガリ君を棺に入れられたことも報告しておいた

正直、13日も昼ご飯は食べていたから、まさかあれから容態が悪化したとは言え

そのまま回復せずに逝くとは最初思ってもいなかった

泊まり込みするうち、母の体が負けていくのを目の当たりにして

もう回復はなくこのままなんだろうの覚悟はしていた

それでも奇跡的にガリガリ君食べられたらなぁと

だけど、私らが昇圧剤を使ってなければ、13日に母は故郷にも挨拶しちゃってたし

ご飯食べて満足したまま逝けたのかなぁ?

全てはもうわからぬことだらけだけど


続く