そして『死んだ親の年を数える』

日付が変わって12月17日。

生きていたら母は71歳の誕生日。

ちなみに祖父も誕生日。


祖父は大正初期の生まれだから、届けは正月5日。

だから戸籍上は正月5日が誕生日。

でも本人から聞いたことがあったのだ。

母と同じ日がほんとの誕生日って。

長男の滋賀の叔父も私が言うまで知らなかった。

母と祖父はいろんなところで繋がりの深い親子だと勝手に思うことにしている。


じぃちゃんも田舎に電話したらまた電話に出そうな気がしている。

大阪にいた時はすぐ近くに住んでいた。

毎日遊びに行ってた時もある。

孫の中でも一番関わってもらった。

滋賀の叔父が私だけが手紙やあれこれしてくれるというが

それは他の孫のように遠方の祖父母ではなかったから。

当たり前の話し。


弟も今、資格を取るための研修で忙しいが、年内に一度来て欲しかったので

月命日に合わせてきてもらった。

私は仕事と豊中市の耳鼻科。

弟も研修の後。

だから夕方から。

帰ってきたら床で寝転がっていた。

娘は習い事。

鍵はありかを伝えていたが、習い事前の娘が開けたらしい。


旦那も居ないし、帰る前にはラーメンを食べに行った。

むちゃくちゃ冷え込んできた中、帰ってもらうのも可哀想になった。

しばらくは研修も忙しいし、立て替えのお金は送金でいいと伝えておいた。


昨年はまだ元気だった母が今年の誕生日には骨になってうちに居る。

お墓はまだ話しすら出来ない。

結局、弟も借金まみれだったから、もらった香典は殆どそれに充てた。

毎月私が取り立てて、お墓はそれから。

私の口座に入った母の遡って支払われた年金も

私に来年課税されるから、金額が決まらないと使えない。

もうしばらくはこの賑やかなうちで、一緒に過ごしてもらうしかない。

長い間入院生活だったし、私ら子供も放置せざるを得なかったし

もうしばらくは一緒に。


私もあれこれ気を回してもらって

大事にされてる感覚をわかりやすく味わってみたいんだが。

それはどうやら今の家庭では無理みたいで

むしろ私が今まで通り、今以上?

周りに気を使わないといけないかも知れない。

あぁ、うんざり。

この、うんざり感。

どう書けば伝わるだろうか?

オッサンもなんか哀れになってきた。

私にイジメられて。

イジメてる気持ちにさせられるこっちもたまらんのだが。


とにかくもやもやイライラする。

私も早く骨になりたい。